おはようございました、マツです。
先月青春ロック漫画の『BECK』の実写映画化されたものをテレビでやってました。
原作を割と好きな僕は途中からですがぼんやり観たりしてました。
役者の名前は知らねえが、なんだかみんなとっても雰囲気にあっている!
と思ったのはいいけど芝居自体はなかなか残念臭漂う感じでもありました。
主人公のコユキが歌うシーンで僕は一瞬固まる。歌声が聴こえねえ。
ホームシアターのセンタースピーカーがブッ壊れた!?と思ったのは
前日にテレビ台のキャスターでスピーカーの配線を轢いてしまったから。
安モノとは言えオシャカだショーックと焦ったけれど、よくよく考えたら
サラウンド放送じゃなかった。し、ちゃんと音も出てました。
どうやら映画の演出としてコユキの歌声は形而下におかないようしてるそうな。
いいアイデアだと思います。やっぱ視聴者それぞれの
こころにひびく歌声というやつがありますから、まさに発想の勝利。
原作の漫画においても、漫画というメディアからは音楽が聴こえないので
読んでる人それぞれがコユキの歌声を勝手に想像して感動できるわけです。
しかも曲自体もロックというだだっ広いジャンルしかわからない状態ですので
普段自分が好きな音楽を想像しちゃうワケです。
多くの読者はオルタナティヴを想像して読んでいたと思いますけども。
とまれ、漫画だからこそできた表現と言えるので、アニメにしたり映画にしたら
台無しになっちゃうであろうことは想像に難くないですネ。
全く逆な発想で、漫画から音楽が聴こえちゃう!というのがあります。
それが週刊漫画雑誌「モーニング」で連載中の『僕はビートルズ』です。
ビートルズってのはあのビートルズです。と言っても伝わる伝説のバンドですネ。
日本のビートルズコピーバンドがひょんなことからタイムスリップしていまい、
ビートルズがデビューする前の1961年の時代にやってきてしまう。
それなら俺達がビートルズになっちまおうと、ビートルズの曲をそのまま
自分たちの曲として発表してしまうといのが作品のプロットです。
ロック好きでなくても、例えば、小説でも映画でもそれこそ漫画でも、
なにか素晴らしいものに触れた時、この創造主が自分だったら...!
なんて妄想は誰でも一度はしているんじゃないでしょうか。
そんな欲求100%で思いついちゃったアイデアが見事具現化された作品です。
主人公の一人、鳩村のセリフにこういうのがあります。
「2010年の俺たちは遅れて来た探検家なんだよ
すでに音楽のほとんどは先人によって発掘されていた~(中略)
~名曲と呼ばれる音の連なりをジョンとポールは見つけ出すことができた
俺達にそれができないのは才能がないからじゃない
誰かが先に見つけ出していたからだ!!」
これはタイムスリップという使い古されつくした設定を用いた
原作者の叫びにも聴こえなくありません。しかし、
ビートルズをチョイスしたのは斬新ではないとしても、
漫画と言うメディアの弱点を利点に変えてしまえる発想だと思いました。
なんたってあのちょう有名ロックバンドの曲が劇中にバンバン登場します。
演奏する前に曲名を紹介された瞬間にその曲のイントロの脳内再生を
始めずにはおれないほど、彼らの曲は、この日本でも知れ渡りまくってます。
ビートルズのファンでもない僕ですらそうですし、今でもテレビでも
ラジオでも曲はよく流れるし、数年に一度はブーム再燃したりしている
洋楽ながらも、なじみ深いビートルズをモチーフにしたのは
ホントいい発想だと思います。
若者が音楽で世界に露出するという点では先述の『BECK』と共通してますが、
読者から想像の余地を殆ど奪っちゃってるところが大きな違いです。
しかしどちらも大変面白い漫画です。『僕は~』の方はまだ未完ですが、
タイム・パラドックス問題などをどう処理するか楽しみです。
という単なる漫画読みの感想文でもいいですか、スミマセン。
本日の表題はシド・バレットのソロアルバムの邦題。
僕がタイムスリップしたら「僕はキングクリムゾン!」とか
「私はピンクフロイド!」とか「俺がディープパープル!」などと
適当な妄想を繰り広げてる時に思い出したのでなんとなく。
お写真のミニアンプは音は最悪です。もはやインテリア。